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長州鍔
長州・萩は、毛利家三十六万九千石の城下町として栄え、他藩へ輸出して財源を潤す為に長州藩は積極的に鍔作りを奨励した。
このため、東の会津に対して西の長州と言われるほど、鍔工とその作品の数が多いところとなった。
毛利氏以前にこの地を支配していた大内氏は、京都から古正阿弥系の鍔工たちを招いて製作に従事させた。
その後、毛利氏の時代となっても、埋忠系の岡田氏が長州へ移住してくるまでは、正阿弥の流れを汲む河治・中井・岡本の3家が主となって鍔の製作を行っていた。
また、長州の鍔工たちは、江戸中期以降に江戸伊藤派との交流を盛んに行うようになった為、伊藤派の影響を大きく受けた。
このため、長州鍔には伊藤派の鍔と類似しているものが数多く見受けられる。
以上のような理由もあり、長州鍔の作風は一概に言えないほど多岐にわたっているが、比較的著名な家としては、先に挙げた河治・中井・岡本・岡田のほかに、金子・中原・藤井・井上・八道などがある。
各派の作品とも、"長州萩住"や"長門国萩住"などと居住地を切ったものが多い。
[ 稲穂透かし鐔 ]
銘・長州萩住 作之進友久
(= 八道友久)
江戸後期
[ 菊之図 ]
無銘
伝 長州中井派
江戸中期
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