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記内派
越前国福井は松平家三十万石の中心地で、記内派・明珍派・赤尾派の家系がいずれも幕末まで繁栄したが、そのなかでも特に記内派の名が世に知られている。
初代 記内 ( ? - 1681)
権兵衛と称す。姓は、はじめ石川氏、のちに高橋姓に改めたものと推察される。"江州記内"と銘された鍔が現存することから、近江国より寛永年間に福井の地に来住したと思われる。記内一派は非常に繁栄し、彼らが作る鍔は、「記内彫り」あるいは「越前彫り」と呼ばれ珍重された。特に龍の描写を得意とし、龍を題材にした鍔に傑作がいくつか見られる。他でも、秋草や菊などの草木類など、いろいろなものを題材に採り上げているが、人物や風景のものは少ない。記内の家系は、明珍家や赤尾家と姻戚関係を結ぶなどして交流し、共に繁栄した。延宝九年 (1681) 没。
二代 記内 ( ? - 1696)
初代・記内の子。権兵衛という。鉄地丸形に龍や草花を肉彫り
透かしにした鍔を得意とする。
初代以上に越前記内一派の名を高めた。
元禄九年 (1696) 没。
福井の天台宗西厳寺に葬られる。
[ 鉄地丸形沢潟透かし鐔 ]
越前住 記内作 (二代)
江戸時代中期
三代 記内 ( ? - ? )
詳細不明。
元禄九年に没した二代目と、宝暦十年に没した記内の間に64年の開きがあることから、その間にもう一人の記内がいたと推察される。(いなかったとする説もある。) これが三代 記内である。この人物が存在したとすれば、越前記内は江戸時代を通じて七代続いたことになり、いなかったとすれば六代となる。
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