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平田派

平田派


七宝鐔  平田派は、七宝 (しっぽう、しちほう) という特殊な技術を小柄や鍔に用いることによって、他の流派とはまったく違った特色を出し、徳川幕府の抱え工となり活躍した。
 そもそも七宝とは、金・銀・銅などの金属製の下地にさまざまな釉薬を塗り、800度前後の高温で焼成することによって、融けた釉薬によるガラス様あるいはエナメル様の美しい彩色を導きだす技術のことである。
 初代の平田道仁 (どうにん、 ? - 1646) は彦四郎といい、もとは京都の太刀金具師であったと伝わる。徳川家康の命で朝鮮役に随従し朝鮮の工人から七宝の技術を習得したとも、あるいは、朝鮮ではなく長崎に赴き、オランダ人から七宝技術を学んだともいわれている。
 いずれにしても、平田道仁は、慶長十六年 (1611) に、家康の隠居地であった駿府に招かれ、徳川幕府の御用金工となった。以来、この平田家は、ほとんど弟子をもたず、その技術を家長一人のみに伝える一子相伝によって守り通し、家系は明治以後まで続いた。
 当主は代々、彦四郎を襲名している。
 銘が切られたものもあるが、無銘のものがほとんどで、その理由は、平田家が幕府お抱えであったからと考えられる。
[ 七宝鍔 ]
無銘、平田派
江戸時代


 平田の家系は、桃山時代の道仁から始まり、大正時代の就之まで11代続いた。
この11代を示すと以下の通りである。


道仁 - 就一 - 就久 - 重賢 - 就門 - 就行 - 就亮 - 春就 - 就将 - 春行 - 就之


 先に記述したように、この一派の作品に有銘のものはあまり無いが、その中では春就がもっとも多くの在銘作品を残している。





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