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横谷派

横谷派


 横谷派は刀装具の彫金の世界において、極めて重要な位置を占めている。

 横谷派の元祖は、横谷宗輿 (そうよ) と称した人で、この人は後藤殷乗に学び、京都に住していたが、後藤即乗が幕府の命で江戸に出るときに、その後見役として共に出府し、幕府御彫役にも名を連ねた。


横谷宗珉  しかし、何といっても横谷派の名を世に高めたのは宗輿の子の宗珉で、彼は寛文十年 (1670) に江戸で生まれ、名を長二郎といった。
はじめ後藤家で家彫を学び、21歳の時に、父の死に伴い、後を継いで幕府に仕えたが、のちに官職に嫌気がさして役目を辞した。
そして、28歳頃に江戸神田で開業、宗知という名乗りも宗珉に改める。
 宗珉は、旧来の家彫といった後藤の作域を脱し、英一蝶 (はなぶさいっちょう) との交流で学んだ日本画の画法や、片切彫りといった工法を取り入れ、写実性に富む、いわゆる町彫り様式といわれるものを創始した。
 ちょうどこの時代は、元禄文化という町人勢力の勃興期にあたり、彼の作風は世に大変な賞賛をもって迎えられた。
 ただし、宗珉の作品は、目貫・小柄・縁頭・笄が多く、鍔は少ない。
そして宗珉の作風は、高彫色絵の場合は、金・赤銅・四分一といった地金を魚子地にし、壮麗な牡丹や唐獅子、龍、馬などを彫るというもの。そして片切彫りの場合は、地は磨地にするというところに特徴がある。
横谷宗珉
(1670 - 1733)












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