鐔の歴史と種類 - 寿楽堂株式会社

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いろいろな鐔の鑑定書

日本美術刀剣保存協会

日本美術刀剣保存協会の保存刀装具鑑定書
[ 日本美術刀剣保存協会 鑑定書 ]

日本美術刀剣保存協会発行の保存刀装具鑑定書。
日本美術刀剣保存協会 (日刀保) は、現在、日本で一番権威のある日本刀および刀装具の鑑定機関。
刀装具の場合、「保存刀装具」「特別保存刀装具」「重要刀装具」「特別重要刀装具」の4つにランク分けされる。
ここの審査は他に比べると厳しく、美術品としての価値があまり認められないものは容赦なく不合格となることがある。

日本美術刀剣保存協会の特別貴重認定書
[ 日本美術刀剣保存協会 特別貴重鑑定書 ]

こちらは、日本美術刀剣保存協会の昔の形式の認定書。
「特別貴重」と「甲種特別貴重」の2つにランク分けされていた。

日本刀剣保存会

日本刀剣保存会の折紙
[ 日本刀剣保存会 鑑定書 ]

日本刀剣保存会の鑑定書。
この組織の前身は明治43年に設立され、その後一時中断したが、昭和29年に現在の名前で再出発した。
その歴史は日刀保のものよりも断然古い。

日本刀装具美術館

日本刀装具美術館の折紙
[ 日本刀装具美術館 鑑定書 ]

日本刀装具美術館発行の鑑定書。
東京都文京区にあった機関だが、平成13年6月に、運営母体の経営状況の悪化のため休館(事実上の閉鎖)となったようである。

喘喜堂

喘喜堂の折紙
[ 喘喜堂 鑑定書 ]

「なんでも鑑定団」の鑑定士として有名だった柴田光男氏が運営していた"喘喜堂"発行の鑑定証。
東京都新宿区。
柴田光男氏は、2006年1月22日に逝去。

日本刀装具研究会

日本刀装具研究会の折紙
[ 日本刀装具研究会 鑑定書 ]

所在地・大阪府?

日本刀装武具研究会

日本刀装武具研究会の折紙
[ 日本刀装武具研究会 鑑定書 ]

これは"日本刀装武具研究会"となっている。
1つ上の"日本刀装具研究会"の鑑定書と瓜二つだが、最近は"日本刀装武具研究会"のほうを良く見かける。
名称を変更したのだろうか。
"日本刀装武具研究会"のほうは、住所が大阪府堺市向陵東町1-2-19となっている。

日本美術品保存審査会

日本美術品保存審査会の折紙
[ 日本美術品保存審査会 鑑定書 ]

日本美術品保存審査会 (美術日本刀保存審査会) の鑑定書。
会長・本阿弥常政氏。
所在地・岡山。

本阿弥流 光世

本阿弥流光世の折紙
[ 本阿弥流光世 鑑定書 ]

本阿弥流 光世の鑑定書。

刀苑社

刀苑社 認定書
[ 刀苑社 認定書 ]

刀苑社は昭和40年に設立され、刀剣類の書物を出版していたが、昭和49年から刀剣・刀装具の審査も始めたようである。
主催者の村上孝介氏は昭和53年7月に亡くなっている。

鑑定倶楽部

鑑定倶楽部 鑑定書
[ 鑑定倶楽部 鑑定書 ]

法人美術刀剣 鑑定倶楽部の鑑定書。
これは昭和58年発行の鑑定書で、住所は東京の新橋6丁目になっている。
審査員の捺印には、全国刀剣商業協同組合で理事などを務めた柴田光男・荒勢英一・斉藤光喜・松島敏雄・朝倉万幸・柴田和夫 各氏の名前が見られる。

佐藤寒山 箱書

佐藤貫一寒山氏
日刀保入口にある佐藤寒山氏の銅像

佐藤寒山

本名・貫一、明治40年山形県鶴岡市に生まれ、国学院大学卒業後、中学校の教師を勤めながら、好きな刀剣研究の道に入り、文部省国宝調査室の嘱託を兼ねる。
戦後は連合軍総司令部と折衝を重ね、美術刀剣保存許可の端緒をつくる。
日本美術刀剣保存協会常務、刀剣博物館副館長。文学博士。剣道教士7段。昭和53年没。

佐藤貫一寒山氏
[ 佐藤寒山 箱書 ]

刀剣会の重鎮であった佐藤寒山氏の箱書。

福永酔剣

福永酔剣 箱書
[ 福永酔剣 箱書 ]

福永酔剣氏は、刀剣関係の著作も数多く、その系統立った理論と優れた文章力は素晴らしい。
かつては日本刀剣保存会の審査員も務めていた方。

その他詳細不明の鑑定書

日本刀剣美術愛好乃会 - 詳細不明

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